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“恋愛感情が芽生える時。もしも、全くタイプでない者と惹かれあうなら、その時はお互い構えず、自然に振舞えばいい。8割は上手くいく。なぜなら、その出逢いは優秀な天使が選んだものだから。” 何故、俺がこんな地に、堕ちなくてはならないんだ。安酒場の喧騒の中、芋焼酎をロックで呷り、渡辺ませらは考えていた。 渡辺は社の業務命令により、4月から異動を受け、地方都市にいた。渡辺の会社では地方に降立つ事は、左遷を意味する。また業務内容は、新人の頃に受けた研修を、実社会で行うものだった。 渡辺の仕事とは、男女を引き逢わすことである。企業理念に沿って良縁をみつける。そして、恋の弓を射る。人間社会でいえば、お見合いの世話人といったところだ。人間社会では、恋のキューピットまたは天使と呼ばれている。 よりよい相手を選び、弓を射る。 良い伴侶を得た者は、個の自分よりも、無限の知恵、勇気を身に付け、人生に挑んでいく。 それは、大きな人類の進歩となり、発展に貢献する。 渡辺が勤めに出ている、会社の企業理念である。その理念の基で仕事を行い、弓を射る。評価される。そして、この人事考課によって、相生は左遷となった。評価の基準は多岐にわたるが幾つか抜粋してみよう。 例えば、添遂げ。夫婦となり、一生を暮せれば加の3点。離婚、減の3点。賞獲得。人間界にある賞で天使界が認定した賞ならば、加の2点といった具合だ。 今年の人事考課で、減の数字が多く加算された。年に一度、点数の。集計が行われる。集計後、減の30点以上だと、もれなく人間となり、良縁を見つけ、恋を成就させなければならない。そうして、経験することにより、復帰後、高い精度で弓を射ることができるというものだ。 3杯目の芋焼酎が空になった。 「おやっさん、もう一杯、芋焼酎ちょうだい。」 声にならない声で叫び、呂律の回りが悪くなっても、まだ飲み足りなかった。 「はいよ~」 痩せ枯れた頭髪のまわりに、鉢巻を巻いた愛想のいい親父さんの声が聞こえた。 「もう、そろそろ止めといた方がいいんじゃないか。」 見送りにきた、同僚があきれ顔で、不安そうに声をかけてきた。 「お前はいいよ。天国で楽しくできるんだからな。」 気付けば、同僚に毒づいていた。そうして俺は、自分の目標について語り出した。 「おい、同僚よくプロコミルスプレー聞けよ。俺の目標は、天国界のトップアイドル、MIELと結婚することなんだよ。だからな、こんな所で時を過ごすわけにはいかないんだよ。」 声を荒げて言った。それを聞いて、同僚は笑みを、浮かべて何かを、思っているようだった。トップアイドルとの結婚だ。反応からみて、愚かな事を話していると思っているのだろう。俺は、急接近している運命について話す事にした。 「ずっと昔からファンで、ファンクラブに入っていたんだよ。5年前からだぞ。そうしてたら、先月ファンクラブから案内状が来ていたんだよ。中を見ると、プレミアムシークレットライブの案内状だよ。招待客10人ということらしいぜ。」 俺はとうとう運命の扉が開きかけている事を喋った。それは美麗な宝が眠る入口の扉のだ。多くの時間を費やして、探していた場所だが、辿り着いたとしても、関係性を否定してしまうような扉だ。 その扉に辿り着くのも、困難な道順で、目の当たりにすると、あまりにも堅牢なセキュリティーの前に思わず座視してしまう。多くの時間を費やして、探していた場所だが、関係性を否定してしたくなるそんな扉だ。中に入る方法は唯一、扉が自ずと開いてくれるのを待つだけだ。その扉が開いたのだ。 「そっかー」 同僚はうすら笑いを浮かべて、一気にまくしたてた。 「残念だったな。マセラッティは最近、異動の件で忙しくしていたから、新聞などみていないだろう。ニュースに大きく取り上げられていたぞ。MIELちゃん結婚するらしいよ。」 俺の反応を窺うように、同僚は瞳をみつめてきた。俺は口を開いた。 「本当の話か。」 真面目にゆっくりと、落ち着きのある声で、俺は聞き返した。真偽をはっきりさせたかった。冗談でも想像したくない話だ。 「本当の話しだよ。いわゆる、できちゃった婚らしいよ。だから、そのシークレットライブは、こないんじゃない。」 俺の真面目な口調を察してか、抑揚の無い声で、ニュースを読む解説者のように語る。仕入れた情報を上手く取り纏め仔細に話してくれた。ただ口振りや細かな情報で、真実と理解してから以降は全くのうわの空だった。 扉が開いた。真っ先に駆け込む。中には見上げるほど大きな黄金色の仏像がある。俺がぼうぜんと眺めていると天から雨が降ってきた。激しい音をたてて落ちてくる土砂降りの雨の中で天を仰ぐ。その雨は暫らくすると黄金色に変わった。そして俺の体を黄金色に染めていく。それは、この部屋の住人になる為の儀式なんだ。まばゆい色に包まれて人生を歩いて行く。俺はその儀式を目を閉じ両手を開き、厳かに受け入れる。雨が止み、光を感じると俺は目を開けた。そこにあった黄金像は絵具の剥がれた木像に変わっていた。結局その部屋は目標の場所ではなかったのだ。俺は声を上げた。 「大丈夫か」 同僚が声をかけてくる。 「現実は受け止めないとな。」俺は、狼狽の中であったが、軽い調子で答えた。そして、俺は会社の事や今からの社会での生活について話しだした。 安酒場の喧噪の中、よほど面白くない話を喋っていたのだろう。一通り愚痴を聞いてくれた、同僚が溜息まじりに口を開いた。 「お前の気持ちは分かるよ。システムのおかしな所もあるよ。でも、結果は結果で受け止める必要があるんじゃないか。」 俺はやんわりと現実を受け止め、悲しい顔をしていたのだろうか。同僚は続けた。 「今の時間が勿体ないよ。まだ軽い方で一人の人と恋を成就さすだけだろう。お前ならすぐにできるよ。ただ今回の左遷に付けられている条件が厄介だな。真実の愛。それが一番、難しいと思うよ。」 その言葉を聞いて正論だと思った。俺は左遷されたといっても、恋愛のプロフェッショナルであることには変わりない。簡単な事だ。早く天国に帰りたい。同僚と別れ、酒に酔った体をひきずり、家路に着いた。 カーテンを開けると、春の柔らかな光が、水色の空気の中に、ひとひらの花弁が、風にのって、ゆっくり流れて行った。なぜか俺は目を奪われ、空に吸い込まれるまで、ずっと眺めていた。人間の体は面倒だ。水分を補給しながら、少し楽になってくると、あの事件を考えていた。この左遷を決定づけた、減の25点のあの事だ。 男の年齢は32歳、女性は21歳だった。調査の基、抜群の相性を確信した。手相占いによる結婚適齢期の確認、カード類を用いての相性診断。もちろんブラッドタイプの占いも欠かせない。 しかし、最近ではそのような古典では限界があり、破局が多くみられるようになった。その為、流行の現代的な調査も取り入れ徹底的に診断した。科学的判断。自然物理学判断。倫理判断。お互いの趣味・嗜好を取り入れ、相性を考える。3カ月の調査の末、俺は自信を持って弓を射る。 その時は、最高の2人を出逢わせた事に満足していた。きっと、人類社会に大きな進歩を与えるような大きな賞をとってくれるものとばかり思っていた。 ところがそう上手くいかないのが恋愛で、人間の本能の上に置かれた理性の尊厳なんだろう。 その恋は、付き合い当初は順調に進んでいた。お互いが相手を尊重しあって、目標に向かうベクトルも同じものだった。2年ほど過ぎた頃だろうか、風向きが変わってきた。二人は倦怠期に入った。しかし、この二人なら倦怠期ぐらい上手く乗り越えるだろうと考えた。それぐらい類をみない相性なのである。倦怠期を乗り越えた二人は強くなる。乗り越えて色々な偉業を成し遂げるだろうと。 でも、後々、気付く事になるのだが、最高の相性であるがゆえに、逆の力が入ると最悪の結果になる。 。 原因は些細な口喧嘩が発端だった。秋の紅葉を楽しんだ帰り路に車内で口論になった。何を言っても収まらない彼女をみて、埒が明かないと思った男は、喧嘩半ばで車を降り歩いて帰ろうとした。 男は一度も振り返る事無く、ゆっくり、ゆっくりと遠ざかっていく。女の視界から消え、その後ろ姿を見送ると、何故か自分の所にはもう戻って来ないとの思いが強くなったとのことだ。tそして、気付いたらアクセルを踏み、男を轢き殺してしまった。人間界では業務上過失致死として処分された。しかし天国ではすべてお見通しで、伴侶の故意による殺害。減の25点が加算された。そうして俺は人間になって恋を成就する。 亡羊の頭で一通り思い出すと、払拭するように送られてきた分厚い辞書のような資料を手に取り、目を通して行った。人間の世界で俺が名乗る、相生弓生の今までの人生だ。 “相生弓生32歳 男 職業 ウエディングプランナー 経歴 198x年 ww幼稚園 卒業 199x年ww小学校卒業 199x年ww中学校卒業 199x年ww高等学校卒業 199x年大学卒業 家族構成 両親他界 姉が一命 、弟、一名 ” ざっと、プロフィールを見た後、神経を研ぎ澄ませ細部の資料を頭に叩き込んで行った。資料に目を通すのに疲れが出てくると、屋上に上がり休憩をとる。また資料を読みだした。一週間で相生の資料を覚え、会社に電話をかけた。愛想のいい声の事務員が電話を受け取り、部長に繋げてもらうようにいった。 「はい、大橋です。」 「大橋部長、ご無沙汰しています。マセラッティ改め、渡辺ませらです。」 俺は天国名を名乗り、人間社会での名を口にした。 「おお、君か。懐かしいな。今回の件は上の方から聞いたよ。大変だったな。」 周りに一般の人がいるのか声をひそめて、話してくる。俺は早々に出社する日を伝え、受話器を置いた。出社日までの3日間、俺は、流行や時事を、覚えるために街を散歩したり、雑誌を購入して学んだ。 風が運んでくる春の匂いに包まれ、散歩する。街には、様々な恋人、夫婦などがいる。公園のベンチに腰を降ろし、楽しげな顔をしている二人。子供を真ん中にいれ、繋がっている夫婦。杖をつきながら連れ沿って歩く老夫婦。様々な人生が行き来する。 送られてきた衣装の中からスーツをとり着替え、ビジネスバックを持ち、会社に出社した。挨拶を一通り終え、業務内容を簡単に告げられ、デスクに座って、電話番をしていると大橋部長に呼ばれた。 「ませら、どうだ人間の生活には慣れたか。」 心配そうな顔で訊ねてきた。 「はい。最初は送ってくれた同僚に愚痴ってましたけど、考えれば簡単なことです。一人の女性と結婚すればいいだけですよね。直ぐに天国に戻ってみますよ。」 俺は、今の心境を率直に述べた。 「そうか。ならいいんだがな。ただ人間になるって事は心も頭も人になるんだ。今は志がしっかりしているかもしれんが、その内曖昧になるかもしれんから、その時は今日の事を思い出せよ。まあ、フレッシュマンには必ずいう言葉だよ。」 といって大原部長は口元を緩めた。そして続けた。 「人間として生きていく選択をするのも自由だが、その要望を決済すると天使には戻れないからな。」 その後、半時間程、談笑をして、デスクに戻った。そうして、ただぼんやりして一日が過ぎていった感じだった。 “そろそろ、結婚相手をみつけよう。” 人間社会にも、こなれてきた3カ月程経った初夏の頃、俺は実行に移すことにした。俺は、業務中に知った結婚相談所に行った。現存の天使さんだ。この世の中は、便利にできている。ビジネスではあるが、相談に行って自分の出会いたい人を話せば、探してくれるのだ。もちろん俺は、天国ナンバーワンアイドルの容姿、プロフィールを説明した。大ファンなのだ。俺はこの人でなければ、心が惹かれない。相談員の女性は快く引き受けてくれて、必ず希望に沿う相手を見つける事を、約束した。 連絡が入ったのは10日程したころだった。 「渡辺さんにぴったりの人がみつかりましたよ。」 軽い調子で話して行く。俺は、会う待ち合わせ場所や、時間を聞いて電話を切った。とうとう俺は天国に帰れる。興奮してきた。 待ち合わせは、ホテルのレストランだった。夜景が綺麗に見渡せるスカイビューのレストラン。俺は、この日の為に新調したスーツで行った。一級品の生地で誂えたスーツに、番手の細い糸を使ったシャツ。ネクタイはシックな感じを選んだ。 ホテルに着き、颯爽とロビーを横切り大好きなエレベーターに乗る。昇っていくかんじが最高。ウエイターに予約名をいい、席に案内された。相手の女性はきてないみたいだ。席に落ち着きオレンジ色に染まった景色をみていた。 “ちょっと小太りの天使” 「すいません。渡辺さんですか。」 眼鏡をかけた、小太りの人が声をかけてきた。 「そうですが。」 怪訝そうに返事をした。 「xx結婚相談所から紹介されました。」 まさか 「ひょっとして、神奈川さんですか。」 「はい、そうです。」 少し照れているのかほんのり頬を染め、うつむき加減に返事をした。 挨拶をして、席をすすめた。もう一度ゆっくりと相手の顔を見てみた。おかしい。 「唐突に申し訳ございませんが、眼鏡をとっていただけませんか。」 彼女は怪訝そうな顔を浮かべたが、眼鏡をとった。 もう一度ゆっくりと顔を見てみた。やはり、おかしい。 「すいません。ありがとうございました。知っている人に、似ていたんので。僕の知り合いかと思いまして。」 俺は、そう言って理由づけた。彼女は眼鏡をまた顔にかけた。 おかしい。俺が結婚相談所に依頼してきたプロフィールとは、大きくかけはなれている。何かの間違いか。いや、相談所に紹介されたと言っていた。そうか、相談所の手違いだな。そうに違いない。確か、相談所に行った時、最近は忙しくて朝も昼もなく、眠たい目をこすって仕事をしていると、言っていたな。きっとデータ入力の時にでも、誤ったんだろう。残念だけど仕方ないな、朝一番に電話して正してもらおう。 女に手違いである事を伝え、席を立とうと思ったが、せっかくのコース料理なんで興味の無い女だが、俺は食事をすることにした。人間の楽しみだ。ワインを飲みながら、もくもくと料理を食べる。料理の合間は夜景をみていた。魚料理がでてきた時に、女が口を開いた。若干、酔っているようだった。 「相生さんって、けっこう無口なんですね。」 頬を染めて話してくる。 「うん、そうですか。」 ぶっきらぼうに答えた。 手違いで、あることを伝え話す必要がない事を、教えようとしたとき、また口を開いた。 「私も話すのはあまり得意ではないんだけですけど、せっかくお会いできたんですし、頑張って話しますね。」 真っすぐな目で決意のある顔つきで言った。そして、女はか細くと話しだした。仕事の話しや趣味のことや友達の事、最近の出来事を淡々と話しだした。その抑揚の無い声に、俺は何度も眠りそうになった。そよ風のような声だった。やっと締めのスイーツが出てきて、それを食べ終えて二人でレストランを出た。 「よかったら連絡先を教えてもらえませんか。」 緊張した面持ちで彼女は訊ねてきた。 「かまいませんよ。」 少々、迷ったが、思えば俺には、友達というものがいない。話しを聞いていると感じのいい人だし、まだまだ不慣れな人間社会、色々教えて貰おうと連絡先を交換した。 翌日、結婚相談所の開店時間になると、俺は携帯電話を持ち机を立った。昨夜の間違いを、訂正してもらうためだ。しかし、幾度となく呼び出しをしても、電話は通じなかった。その後も、合間に電話したのだが、繋がらず相談所まで出向くことにした。店は閉まっており、シャッターに閉店の知らせが貼り付けられていた。なぜなんだ。特に連絡先なども知らせずに、ただ店が閉まっている事を書いている。呼び鈴を探したが見つからなかったので、2,3度シャッターを叩き、何も起こらないので、暫らくしてそこを離れた。 さて、これからどのように愛する人をさがそうか。もう一度、別の結婚相談所を探そうかと思ったが、営業を担当している同僚に聞くと、相談所に登録しても、希望の相手と出会うのはとても難しいという事だった。もしどうしても好きな外見と出会いたいなら、営業と一緒ですね。自分の足で街なりお店を散策して出逢うしかないんじゃないですかとのことなのでまた長い面談をして登録してもらい、あのような結果になるのもめんどくさい事だと思い、やめた。 そして、俺は仕事後、繁華街に出ていくのが生活の一部になっていた。駅の閉まりの悪いロッカーにスーツを預け、流行の服を纏う。まがい物の、貴金属のような、照明の街を歩く。呼込みの女の嬌声を尻目に目当てのバーへと急ぐ。流行しているバーを調べ、店に赴いた。雑誌や同僚から洒落た店を見聞きしては立ち寄り、恋する人を探しに奔走した。店には色々な人がいる。仲間内ではしゃいでいるもの。物思いに耽っているのか、ただ目の前に置かれたカクテルを眺めている女。それらを狙っているボーダーレスの男達。 そういや、この頃、神奈川さんからよくメールが入ってきた。何度かのメールで、彼女が俺に好意を抱いてくれているのが、分かった。そして胸の思いを告げられた。徐々に連絡をとっていると、彼女の人の良さは分かった。しかし、恋愛感情というものは生まれなかった。その思いを断った。 夜の街を徘徊する生活をして、半年程経ったころだろうか。今日も運命には出会えず、帰路についていた。いつもの角を曲がると心を打つ出逢いがあったんだ。月夜だった。巨大な檸檬色をした、満月が空に浮かんでいた。その子はいきなり目の前に現れた。長い髪の彼女は白いコートを着て、ロングブーツが、たまらなく決まっている。この世の者とは思えない華美な姿は、背景にある大きな月が、彼女の故郷に見えたほどだ。立ち尽くしていると、彼女と目が合った。その瞬間、胸に突かれた痛みが走ると、直後心臓がでたらめに脈を打つようになった。血管の細部に至るまで強く血が、流れ込む。本能がレスポンスを高めていく。俺は何かに引っ張られるように、彼女に近付くと声をかけた。 「さっきからずっと、立っているけど誰かを待っているんですか」 正確なコンパスで円を描いた月の下で、俺達は話しだした。名前は絵里といった。 彼女には、男がいたのだが、そんな事はおかまいなしに必死に口説いた。それほど俺を夢中にさせた。徐々に話すうちに彼女は実は男と別れたがっていると口にした。彼女は好きな男が出来た事をいい、彼氏と別れた。 俺達は順調に交際した。彼女の両親にも挨拶を行い、結婚を具体的にすすめることにした。そうして、式の打ち合わせにホテルに行った。確かこのほてる神奈川さんとディナーを食べた所だっけ。最初の打ち合わせが終わり、ホテルをでた。昼から続いた雨が上がり、空には虹がでていた。まるで、今からの未来を祝福してくれているようなきれいな虹だった。それを彼女と見ている時だった。いきなり顔に水を掛けられたと思うと、猛烈な熱が顔中に貼りついた。 「ともひで」彼女が叫んだ。「ともひで」俺と付き合う前の男だ。走り逃げているのだろうか。力強くコンクリートを叩く足音が、遠くなっていく。 救急車に搬送され病院に行く。医者の説明を聞くと、強酸の液体をかけられた俺の顔は、全体的にただれた。重度の火傷を負った状態になっているという事だ。 医者の説明が終わり、病室に戻ると刑事が居た。ありふれた慰めの言葉をかけてくる。そして、手短に男の身柄は警察にある事を教え、取り調べ中であるという。 2,3日入院して退院した。包帯の付け替えの時に自分の顔をみたのだが、激しく焼けただれている。彼女は献身的にお見舞いにきてくれた。 医者から指示がでて、包帯をはずす日がきた。やけただれたは落ち着いて皮膚になっていたが、やはりみにくい。しかし、俺は包帯をはずした解放感から外で食事でもしたいと思い、彼女を誘った。 待ち合わせ場所には彼女が先に到着していた。俺はいつも通り声をかけ、目をあわせた。そこに映っていたのは、角持ちの怪物でもみるような戦慄の瞳だった。歩いていると彼女は周りの人の視線が避けるように、俺の顔はみずに、俯き気味で歩いていく。レストランに入っても、会話も弾まない。言葉、少なめに食事を終える。いつもは、食後、雑貨店などを見て回るのだが、その日はすぐに別れた。 帰り道、雑踏の中に、冷気を含んだ夜風が吹き抜ける。傷が癒えてない紫根色の顔をひりつかせ、彼女の胸中を思案していた。きっと彼女は、変わってしまった風貌に戸惑っているのだろう。しかし、この風貌を受け入れようとは、考えていないように思えた。 案の上、数日経ったある日、彼女から別れを告げる、メールが送られてきた。自分が交際していた人がしたことだから罪の意識を感じている。思い悩んだのだが、別れたいといった内容だった。そのメールを読んで気にする事はないとメールを返信したが、そのメールを最後に彼女との連絡は途絶えてしまった。 その日、以降、俺は落ち込んでいた。あんなに必死に探してやっと見つけた彼女だ。それを成就できなかった。俺はもう天国には戻れない。一生、人間で生きていくしかない。そんな事を考えながら、払拭するように仕事に打ち込んでいた。 そんな頃、神奈川さんからメールがきた。俺は投げやりに今の状況を伝えた。俺はもう君のタイプの顔ではない事。事件の事。彼女は泣いていた。でも、会いたいといってきた。 そして俺は会う事にした。彼女は驚くほど痩せていた。彼女にその事を問うと、俺が細身の体型が好きだと聞いて、ダイエットを始めたらしい。会ってみると驚いた事に彼女の瞳は変わらない。周りの人も気にしない。まして、よく見ると初めて会った時と同じように顔を紅潮させ、緊張と興奮が混じった面持ちでいる。なんで俺の醜い顔をみて変わらないんだ。 俺は帽子をとり、より鮮明に彼女に顔を突き出し、聞いた。 「ひどい顔になっているだろう。」 彼女はどう返事していいか、戸惑った様子で考えていたが、しばらしくして口を開いた。 「汚いね」 自ら問い質したのに、それを聞き、狼狽した。一瞥すると彼女は笑顔を見せ続けた。 「その彼女の前の彼氏のことだよ。ませら君にするべき事じゃないよ。逆恨みだよ。」 そして続けた。 「仕方ないことだったのかな・・・。でも私はませら君の事が好きだし、出逢った時から、ずっと頭から離れないんだ。上手く言えないけ秀身堂ど、ずっと一緒にいたいのかな。」 彼女をみると、頬を真っ赤にして照れた顔で見つめている。言われた言葉が頭の中で反芻している。また心臓が出鱈目に動きだした。しかし、今回は絵里と出逢った時の感覚とは違っていた。それはまるで優美な鐘がこだましている宴の中で、友人達がクラッカーを出鱈目に引っ張って祝福されてるような、そんな感覚だった。 西日を包んだアカネ色の空気の中に、桃色をした花びらが蜃気楼の中で揺れていた。 最後まで読んでくれた方、よろしければ感想をお願いします。 |
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