安心


飛べない天使二章
2010/09/03 15:35 
若いチンピラは、そう答えたあと、健一の肩口をつかまえると引きずりこむようにして中に入れた。ドアが閉まる。面接の時には隣の仮眠室を利用したせいか、初めて見る部屋に健一の視線は、内部を泳いだ。
 入ったすぐ左脇にパーティッションで囲まれた応接室らしきスペースがある。正面にはスチールデスクが向き合っている。ほぼ部屋の中央に位置している。その向こうには、部屋全体を見渡すかのようにこちらを向いたスチールデスクがひとつあった。
 無論、社長の強面はそこにある。
「おめえか、今日から来るドライバーってのは?」
 健一の視線が、若いチンピラに戻る。
「ええ、はい。木山健一といいます。三十二歳です。お、お世話になります」
 そう言ったあと、健一は頭を下げた。年齢を加えたのは、見るからに自分より、下を思わせるチンピラに年上であることを認識させたいと健一は思ったからだ。
 しかし、この世界にそれはまったく関係ないようだ。チンピラの声が弾む。
「いい年こいて、運転手か。おめえも俺らとおんなじで半端者なんだな」
「は、半端者……」
 その言葉が妙に胸に響いた。健一の頭にその文字が流れる。しかし、すぐに、それを砕くような低い声が事務所に響く。
「早く仕事の内容、教えちまえ。じきに面接の女がくるんだ」
 と同時に、扉を叩く音がした。慌てたのか、坂田は健一の肩口をつかむと部屋の奥へと引っ張る。
「おめえの机は、こっちだ」
 そう言って指差したのは、扉からみて右の方だ。続けて、待ってろと言うと、坂田は扉へと戻っていった。躊躇いがちに椅子を引くと、健一は社長の方に視線をやった。忙しそうに、書類を整理している風だった。
 それに安心して、腰を降ろそうとした時、Xing霸女性の明るい声が響いた。健一の視線が向く。
「失礼します。安田と申します」
 ちょうど、坂田が開けた扉を通り、正面の社長に頭を下げていたところだ。声からして、まだ若い。いや若すぎるくらいだと、健一が思ったのも束の間、やがて上がった顔には、まだ幼さが充分、残っているように看て取れた。
 高校を出たばかり、というか、学生服を着ていれば、まだ充分に通用するほどだ。しかし、見た目は、その幼さとは程遠い。
紫地に白や黄色の柄が入ったチュニックを小柄な身体に纏っている。腰の辺りをベルトで窄め、その下には白い七分のパンツと白いピンヒールをはいていた。それだけならまだしも、セミロングの金髪に化粧も濃かった。遠くからでも目の辺りが強調されているのがわかる。
 総じて、無理に色気を作りだしている風に、健一には思えた。
「どうぞ」
 そう言って扉脇に立っていた坂田が応接スペースらしき灰色の扉を開けた。
「面接だ。坂田からしっかり仕事内容を聞いておけ」
 目の前を通りがかった社長が睨みをきかす。
「はい、わかりました」
 訳もなく、頭を下げた健一の前を、既に通り過ぎていた社長が振り向く。
「それと、あんちゃんよ、中で何が起きても気にするな」
「へ?」
 意味のない言葉を発した健一は社長の後ろ姿を見送った。入れ代わりに、応接スペースから、坂田が出てきた。そのまま健一の正面の机に腰を降ろすと、にやついた口を開いた。
「ありゃ、上玉だ、な」
「上玉って言うと?」
 俄かに呆れた表情を浮かべた坂田が聞いた。
「おまえ、デリヘルは? 使ったことあるか?」
「ないです」
「なんだ、ねえのか。仕方ねえな」
 そう言った坂田が、まんざらでもないと言った様子に変えて続ける。
「簡単にいっちまえば、本番以外の下の世話をする女の派遣だな。自宅の場合もあれば、ホテルの場合もある。ホテルの場合はホテヘルなんて言って区別しているけど、どんな場所だろうと竿しゃぶって何ぼ、の世界に、変わりはねえよ」
「というと、ここに電話が掛ってきて、車で送るのが僕の仕事になるんですね?」
「そうだ。電話も出るんだぞ。車は裏の駐車場にある。ナビもついってから方向音痴でも大丈夫だ。掃除も忘れんなよ。それと、店の名前はエンジェルだ」
 そう言ったあと、坂田は抽斗から出した紙切れを健一の机に放り投げた。A四判のコピー用紙を半分に切った程度の大きさだった。
 健一がそれを訝しげに取り上げると、坂田が続けた。
「入会金は千円、指名料は二千円。小情人ただ、新規の客の場合は、その二つはサービスだ。それと、本指名は四千円。時間は、六十分から百二十分まで十五分刻み。六十分で一万八千円、以後、十五分毎に五千円ずつ加算される。まあ、そんなことが書いてあるんで、よく読んどけ」


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